Lei

その当時、私は何かにとらわれていた。

それは孤独から始まり悲しみを超え、

死に近いものだったのかもしれない。

一人の友達の死が私を強めてくれている感じがした。

 

その子は確かに学生時代とても仲の良かったこではあったがそれ以上なにか

続くものがあった関係ではなかった。

 

しかし、27歳になる年彼女は死を選んだのだ。

大切な家族を残して。

 

その年は世界恐慌だった。

新種のウイルスが全世界中に蔓延し、人々は自分の国に閉じ込められるだけではなく

多くの時間を隔離された自分の家で過ごさざるを得なくなっていた。

 

そのせいで多くの人が自分と向き合う時間を余儀なくされた。

それは多くの人にとって、苦しみであり孤独の時間の始まりだった。

 

私と彼女はそんなに多くの時間を過ごしたわけではない

ただどちらかというと一つの共通点があった。

物事に思い悩みすぎるところ。

 

これは決して良い共通点だとは言えないだろう。

 

私はたちは夜までお互いの悩みを打ち明けあった。

ただ、悩みすぎる私達だけではお互いの悩みを解決する術を持ち合わせていなかった。

そして、私達の悩みはあまりにもかけ離れていた。

ただ似ているのは、少し悩みすぎるということ。

 

だからと言って私達は自分たちの不幸を連ねて

人生に悲観していた訳ではない。

少し悩みすぎるところはあったけれども、

それなりに人生を謳歌していた。

 

その証拠にはならないが、彼女は大学を卒業してすぐに結婚をした。

学生時代から付き合っていてぞっこんだった彼との授かり婚だった。

 

私もそれなりに祝福した。

しかし、卒業後お互いの進路の違いからなかなか会う機会がなくなっていた。

 

だから彼女の近状はいつもSNS最新情報だった。

 

彼女は聡明ではないが、とても可愛く

男の子にモテるタイプだった。

そのため私以外の女友達を私は知らない。

 

彼女の死の報告は彼女がなくなってから

共通の友達伝えに知った。

 

私はここ一年ほどSNSをやる時間もないほど

自分のことに追われていた。

そんな中、彼女は着々と死に向かっていたのだ。

 

友人から見せてもらった彼女のSNSには

その後生まれた娘との写真、そして両親との旅行の風景。そして彼女自身の写真。

そのどこにも彼女があれだけ愛した旦那の写真は無かった。

 

あとから聞いた話だが、彼女は

子供が生まれて2年ほど経ったあと旦那と離婚していた。

 

彼女の最後の投稿には、

その元旦那へ恨みの言葉と、親への感謝、そして子供を頼むとの言葉だけだった。

そこに我が子への言葉は無かった。

 

それが全てではないけれども、

私から見える彼女の人生はそれが全てだ。

 

私も物事に悩んで、この世の中の苦しみに

何度もぶつかった人間だ。

 

しかし、その度に親から受けた生。

そして生きることのへの責務。

その2つが私を死から留まらせてくれた。

 

ただ、この問題はどんなに考えても答えはないのかもしれない。

 

もし、自分の人生から逃げたくなったら、

一度誰かのために一生懸命生きてみようと思った。

 

そうしたら、私は彼女とは

違う生き方ができるのかもしれない。

 

私達は少し悩みすぎるということが足掛けになっているだけなのだから。